あの日は、石垣のなぎさ荘に泊まっていた。西表島でも行こうかと考えていたところ、宿のおばさんが有力な情報をくれた。「キシタアゲハが波照間に来ているよ。」この情報を基に、急遽波照間に行くことにした。波照間といっても広い、どこかわからない。でも、おばさん最高。地名を覚えていてくれた。何とラッキーなことだ。高速艇で約1時間半信半疑であるが、もう止められない。
港から早足で20分ほどがその場所だ。うっそうと茂った広葉樹林の上を金色に輝く大きな羽で旋回しているオスの個体を発見した。「あ~ツ、日本の蝶じゃない」とパニクっていると、「採った」という声が聞こえた。しばらくするとキシタアゲハの入ったネットをもったB氏が現れた。三角紙に入れたものを見せてもらった。カンピンだった。
この場所は、この人が粘るだろうから私は違う場所を探すことにした。まず、考えたのは、B氏とは違う方法で探さないとだめだということだ。そして、メスを採りたいと考えた。そのため、広い草原と林の縁などの少し日陰を中心に歩き回って探した。確たる根拠があったわけではないが、メスはそのへんにいるような気がした。すると、林の方から、見たこともないような大型のチョウが、ゆっくりと飛んでくるのを見つけた。いとも簡単にネットに入れることができた。しかし、思いもかけぬことがおこった。なんと蝶が大きすぎて、私の持っていた三角紙には全く入りきれなかった。こんなことは、今までには経験したことがなかった。そこで、先程のA氏のところに行き、事情を話し三角紙を分けてもらった。それから、もとの場所に戻り、奥へ向かって行くと、またも林の方から、大型のメスがゆったりと飛んでくるのが分かった。ただ、今度は高い。「降りてこい。低いところに止まれ。早く止まれ。」独り言を言った。そして、草原の縁にある木の葉上にとまるのが見えた。届かない。飛ぶまで我慢比べをした。しばらくすると、飛び上がった。草原のところで高度を下げてくれたので、採ることができた。恥かしながら、またB氏にお願いした。その後も採る度にお願いし、本当にB氏には迷惑をかけてしまった。
結局メス5、オス1を採り、現地でお会いした西表島のYさんに2個体を託し、採卵をお願いした。この結果は、失敗だったようだが、大分くたびれていたので仕方ない。私の方は、自然採卵に失敗したため、お腹を奥から押してくる方法で、1卵だけを搾り出すことができた。
私が一番後悔したことは、ウマノスズクサがわからなかったことだ。ベニモンアゲハがいるということは、食草もそこらにあるはずだ。それが探せなかった。本州のものはもちろんすぐに分かるが、波照間のものは分からなかった。冷静に考えれば、ベニモンの行動を少しの間観察すれば、食草は確認できたはずである。もし、あのときに、食草を探し出せていたらもっとおもしろい発見があったと思う。野外での卵・幼虫・蛹の確認ができたはずである。特に波照間はハブがいない島なので、絶好のチャンスだったと悔いるばかりである。蝶屋としては、本当に情けない限りである。これは20年以上前の話で、今は、ネットですぐに検索できるので、こんなことはないのかもしれない。
民宿に泊まり、部屋の明かりを消してしばらくすると、ガサ、ガサという音が聞こえてきた。明りを点けると、大きなムカデが畳の間に入っていくのが見えた。気を取り直して消灯すると、今度はガサゴソガサゴソと音がする。また、電気を点けると大きなゴキブリが2匹でレースをしていた。もうだめだ。電気を消すのは無理。そこで、オリオンビールを飲み始めた。二缶で、気持ちよく寝ることができた。
翌日は頑張ろうと考えていたが、小雨まじりのあいにくの天気、しかも風が強い。ズボンを濡らすガッツもなく、敢え無くギブ。日焼け止めを厚く塗り顔を真っ白にしていたK氏も「こりゃ、だめだ。」ということで、この日は石垣に戻った。
キシタアゲハは台湾では普通の蝶だが、日本で採るということだけで興奮してしまう。よくよく考えると、つまらないことかもしれない。しかし、私にとっては、キシタアゲハとの出会いは本当に新鮮で、すばらしかった。まさに、日常とは全く違った時間をここで過ごすことができた。
採卵した1卵から記録の1部である。