今から30年以上も前の話である。5月下旬、ここは、とある地方の空港のすぐそばの松林。実は空港の付近にキマダラルリツバメ(以後「キマルリ」という。)がいると風のうわさに聞いていた。たまたま、出張でこちらに来たため、立ち寄ったのだ。この付近は、松の防風林が占めている。岩手では桐の木、福島でも桐の木、山梨では桜の木という具合で、松なんか聞いたことがない。半信半疑ではあったが、南側が切れた松林に入った。あまり詳しく聞かずに、自分の勘をたよりに探すのが面白い。これが自分流である。これまで、桜や桐では探したことはある。桜は見つけやすいという印象を持っているが、桐は結構むずかしい。樹皮の違いにより、シリアゲアリがもぐりこめるスペースが変わるため、発見しやすさに違いがでる。とにかく、キマルリには食草という概念がない。シリアゲアリがいるところならば、どこでもいいのだ。そういう意味からすると、樹木は何でもいい。ここがいいところは、下が砂地で、松のほかに侵入している木がないことだ。そのため、目標となる樹木は松しかないと、確信した。しかし、松は全く経験がなかった。半信半疑である。また、これまでの観察時には、脚立を持っていたが、今日は何もない。不安は募るばかりだ。
何となく、目の前にある木の前でしゃがみこみ、腰の高さの目線で幹を凝視するとシリアゲアリ、「あーツ。キマルリ。」てなわけで、あっけなく見つけてしまった。はじめて見た松で見つけてしまった。同じ運を使うなら、宝くじ高額当選がいいとぼやくも、後の祭りである。幹の樹皮のくぼんだ場所にいた。何もしなくても幼虫が見える。幼虫の周りには蟻が数匹まとわりついている。「なーんだ。楽勝」と、付近の松を見ていくといるいる、終令幼虫が。浮いた樹皮の下に2つ、3つ。体の半分くらいを、樹皮の下に隠したもの、堂々としている奴など、さまざまである。蟻を頼りに捜していくと簡単に見つかる。これまでにやってきたキマルリ幼虫探しのうち、一番簡単である。こんなに外に出ていては、天敵にやられてしまうのではないかと、心配するほどである。ただ言えることは、私の探し方、探す部位の関係によるかは分からないが、1つの木では3幼虫くらいしか見つからない。このため、対象となる松の木が大量にあるための分散か、アリの数による育児キャパによるものとか、自然淘汰によるものとか、などと考えてしまったが、勝手な推測をするのみであった。
これまで、キマルリというと、桜では木に登り枝上で観察したり、地面に落ちた枯れ枝で見つけたりであった。桐では、なかなか浮いた樹皮が見つからず、結構苦労をした。しかし、松の場合には浮いた樹皮も多く、さらに目に見える状態でいるものが多数あった。これまでに観察したことのない数のキマルリの幼虫と出会えたにもかかわらず、何とも拍子抜けで、すぐに飽きてしまった。写真撮影にも気合が入らなかった。こういうときにこそ、しっかりと観察し、データを残しておくべきだったと反省しきりであるが、後の祭りである。
幼虫の話が一段落したところで、親の話をしたいと思う。この蝶は、本当に不思議な蝶である。快晴の日の午後に、テリトリーを張るのである。原っぱなどの目立つ葉先に止まり、羽を広げ瑠璃色を誇示する。そして、テリトリー内を激しく飛び回る。弱しいイメージからは想像もできないような高速で、セセリのように飛ぶ能力がある。ただ、相当な気分やらしく、テリトリーを張らない日もあり、時間もその時々である。これについては、日照の具合によるものと私たちは考えている。テリトリーを張る時間が一番目につきやすい。
私たちは、よく発生地でテリトリーを張りやすいと思われる場所に陣取り、テーブルを置き、ビールで乾杯をしながら、観察を楽しんだ。もちろん、畑の所有者にはあいさつし、許可を得ての話である。会津は本当に人情味が深いところで、畑のおばあちゃんからは「今年も来たのかい。家に泊まっていけば」などと優しい声をかけていただいたものである。
それから、ヒメジョオンなどの花にもよく来る。テリトリーを張ること知らなかった頃は、ヒメジョオンをよく見て回った。
ところで、キマルリは、もっと変わった性格がある。ゼフのように長竿で叩いても、全く動かないときがある。この話は、仲間から聞いたことがあった。「うそだろう」と聞き流していたが、自分が確認してしまった。この日は朝から曇り空で、「今日は会えないかも・・・」なんて考えながらも、折角遠くまで来たんだからと、いつも観察している辺りを歩き回った。それでも会えないので、今度はゼフのように叩いてみた。するとキリモミ状態で落下してきて、すぐに低木にしがみついたように見えたので、注意してみると新鮮なメスがそこにいた。近寄っても飛ばない。そこで、これはチャンスとばかり、夢中でシャッターを切った。周りの人にも教えた。みんな喜んでいた。自分はもう写真を撮り終えたので、そこを離れた。それから、しばらくするとまた1頭見つけた。キマルリがクヌギの葉先にいる。また、写真に撮りたいと思い、枝先を叩いた。「なぜ?」と思われる方も多いと思うが、実は、先程経験したキリモミ状態で降りてくることを期待したのである。今日はそういう環境かと考えたからだ。しかし、この日は、数回叩いても動かない。そのため、少々力が入ってしまった。とうとう枝ごと落ちてきた。それでもキマルリは飛ばなかった。私は枝を手に取り、本当に驚いてしまった。キマルリが何事もなかったように、葉先にしがみついていたからだ。この個体は羽に損傷があったため、被写体にはしなかった。キマルリは、他の種類と比較して、活性時と不活性時がはっきりしているということなのかもしれない。そのため、人目につきにくいのかもしれない。何かと興味を引かれる蝶である。